心に響くブランディング

水口洋二 サントリーホールディングス チーフデザインオフィサー

2024. 06. 12

遠藤建 / コンテンツディレクター

「Eat Takeaway」は、世界で活躍するブランドリーダーやマーケティングリーダーに直近の抱負と課題を教えてもらうシリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。

今月のゲストは、サントリーのチーフデザインオフィサーを務める水口洋二氏です。日本では数々の伝説的な広告キャンペーンで知られ、現在も世界的な飲料ブランドとして多彩な商品を各国市場で展開するサントリー。異彩を放つクリエイティブなアイデアは、どんな発想や組織風土から生まれるのでしょうか。変わらない人間賛歌を追求しながら、新しい文化を創造していく秘訣についてうかがいました。

(インタビュー:遠藤 建/Eat Creativeコンテンツディレクター)

サントリーはどんな会社?

創業は1899年で、もともとはワインやウイスキーといった洋酒の製造販売から出発しました。現在はRTD(蓋を開けてすぐに飲めるアルコール飲料)、清涼飲料、健康食品なども含む総合食品メーカーに事業を拡大しています。国外では、2003年の映画『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督)に社名が登場して知名度が高まりました。だから海外の聴衆に自己紹介するときは、まず映画の話から始めていた時期もあります。でも2014年にサントリーがアメリカの大手ビーム社を買収し、ジャパニーズウイスキーの評価も世界中で高まってきました。今では映画の話をしなくても済むようになっています。

サントリーでの役割は?

チーフデザインオフィサー(CDO)として、サントリーのデザイン活動全体を管轄しています。以前はデザイン部長として主にプロダクトデザイン全般を担当し、その後には宣伝デザイン本部長も務めました。現在はプロジェクトごとの細かな仕事を各部門の担当者に任せ、コーポレートレベルのブランディングやサステナブルな方針などを推進しています。サントリーのデザイン部門は社員40~50名からなる組織で、日本の食品メーカーでは珍しいほどの大所帯。いつも非常に多彩なプロジェクトが進行しています。

他社にはないサントリーらしさがあるとすれば、そんな人間中心主義の視線がブレていないところ。

サントリーにおけるクリエイティブの伝統は?

作家の開高健さんが「トリス」のために作った「人間らしくやりたいナ」というコピーのように、心の琴線に触れる価値観を大事にしてきました。他社にはないサントリーらしさがあるとすれば、そんな人間中心主義の視線がブレていないところでしょう。機能や実用性を訴えるべき清涼飲料でも、あくまで「人を見つめる」という原則からエモーショナルなブランディングを打ち出しています。サントリーには「宣伝は人生の応援歌であるべき」という確固たる考え方があるので、クールな格好よさより演歌っぽい共感を受け取られる人が多いかもしれません。

グローバルなデザインソリューションの秘訣は?

オーストラリアのRTD商品、フランスの国民的オレンジジュース、 ベトナム向けのウーロン茶など、味覚や文化の壁を乗り越えて展開するブランディング事例が増えています。国を跨いだプロジェクトでは、現地のマーケティング担当者やデザイン担当者と密にコミュニケーションをとります。世界中で均一なフォーマットを徹底させるアメリカ的な手法にも合理性はありますが、現代は一元管理ができないほど価値観の多様化が進んできました。各ローカルの感覚を生かしながら、「人を見つめる」という譲れない価値観で全世界に影響を与えるのが目標です。その一方で、ローカルの意見を絶対視しないことも大切。あえて疑問を呈することでバイアスを崩せたら、商品の新しさを意識させる「外の目」にもなれます。

各ローカルの感覚を生かしながら、「人を見つめる」という譲れない価値観で全世界に影響を与えるのが目標。

マーケティングと連動して新しい市場を育てる秘訣は?

文化がなければ、市場もありません。サントリーは本場のスコッチウイスキーを模範としながら、スコッチの模倣ではないジャパニーズウイスキーの文化を育てるために努力してきました。居酒屋でハイボールを普及させたプロセスも同様です。ウイスキーと居酒屋の双方をリスペクトしているから、ロックやストレートではない食中酒としてのハイボールを提案できました。つまり「イエス・オア・ノー」の二者択一ではなく、「イエス・アンド・ノー」で新しい道筋を示すこと。異なる2つの価値観が、新しい流行を生み出した例は日本文化にもたくさんあります。だからサントリーも、即断即決より議論の継続を重視する企業文化が根付いています。

大所帯のチーム内で意思疎通を潤滑にする秘訣は?

チーム内での意思統一は、最も上流に位置するコンセプトワークから始まります。視覚言語でアイデアが承認された後でも、あらためて言語化して確認するのは歴史的にコピーライティングを大切にしてきた宣伝部の影響。入社時から「言葉にうるさい先輩が多いな」と感じたものです。しばらくは辞書を手放せず、自分が使っている言葉の意味を何度も学び直しました。言葉は概念をコントロールするハンドルなので、サントリーではデザイナーも採用時から言語コミュニケーションを重視します。ただマニュアルに従うのではなく、コンセプト以前の根底にある価値観をさまざまな機会や方法で理解しあうことが大事です。

「イエス・オア・ノー」の二者択一ではなく、「イエス・アンド・ノー」で新しい道筋を示すこと。

全社的なビッグプロジェクトの進め方は?

商品の開発から販売まで、コンセプト、デザイン、宣伝、営業など多くの人々が関与します。この役割を組立工場のように細かく分担している会社は多いはず。でもサントリーでは、みんなで工芸的に壺を作っていくようなイメージです。工芸的に作られる壺には最初に詳細な設計図はありません。ロクロを回しながら、徐々に形ができて完成に近づきます。その過程を通して、全員が部分と全体を同時に把握できる「組織的クラフティング」が重要なのです。パーフェクトな細部の総和によって、パーフェクトな全体ができる訳ではない。人間には曖昧で非合理な部分も多く、「人間を見つめる」という選択をしているサントリーには有機的なアプローチが合っているのです。

サントリーロゴとタグライン

現在のコーポレートロゴはどのように開発されましたか?

サントリーグループ全体の社内コンペで、1,000点以上の応募作品から僕の原案を選んでいただきました。でもプロトタイプは、最終案よりずっと硬質なデザインだったんです。書体デザインの巨匠と呼ばれるマシュー・カーター氏や小林章氏に協力を仰ぎ、創業100年のグローバル企業に相応しいロゴを提案したつもりでした。でも会長が「これじゃ完成した会社みたいだ。うちはもっとヤンチャな会社だから、変化し続けるイメージにしてほしい。ここで止まったらダメなんだ」と異論を唱えます。その言葉にハッとして、伝統を意識しすぎた自分のエゴに気づきました。そして新しい「変化し続ける」というコンセプトから、水が流れるようなイメージに調整。その過程でサントリーの基本的な価値観を示す「水と生きる」というタグラインも添えられました。当時(2005年)から環境問題を戦略的に意識していた訳ではありませんが、結果的に時代を先取りしたコーポレートロゴになりました。

うちはもっとヤンチャな会社だから、ここで止まったらダメなんだ。

これから100年先に向けたブランドの展望は?

変わり続けること。大切な価値を守っていくこと。二律背反のようですが、サントリーである以上は、この2つの目標を同時に達成しなければなりません。この両立があったからこそ、100年にわたってジャパニーズウイスキーの文化を育てることができました。今では世界中から注目される存在になり、日本のウイスキーの地位を守っていく責任も大きくなっています。どちらか一方だけなら簡単かもしれません。でも革新と継承の2つを両立し続けるのが、サントリーの宿命だと考えています。

Eat Take-Away

  1. 人間らしく。商品の特徴やポジショニングは、販売戦略の大切な要素。でも最終的な目的は、ブランディング活動を通じて人の心を動かすことです。それぞれの時代を映したサントリーのブランディング活動のすべてが、エモーショナルな人生の応援歌。応援歌と言うと少し古く感じる人もいるかもしれませんが、そこには時代を超えて古びない普遍的なメッセージが響いています。

  2. 言葉を尽くせ。数々の名コピーで知られる作家の開高健が「サン・アド創立の言葉」で主張したのは、徹底的な討議による共和主義。西洋の理論や分析を「おためごかし」と切り捨て、「いままでにない美や機智や率直さや人間らしさ」を目指しました。言葉を尽くして議論する伝統は、今でもサントリー社内のコンセプト共有に生きています。

  3. 曖昧でいい。西洋的な合理性から、曖昧な態度を批判されがちな日本人。グローバルにビジネスを展開すると、二者択一で白黒つけるのが正しい事のようにも感じてきます。しかしニュートラルに構えることも明確な立場表明であり、困難な両立を目指すプロセスは気づきの宝庫。日本らしい文化のミックスや価値創造はそこから生まれます。

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