愛される建築の条件

佐野吉彦氏 安井建築設計事務所社長

2024. 02. 05

遠藤建 / コンテンツディレクター

ブランド、マーケティング、クリエイティブ関連のリーダーに、さまざまな課題解決のヒントをうかがう「Eat Takeaway」シリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。

今回は、創業100年を迎える安井建築設計事務所に注目。日本を代表する数々のランドマークを設計してきた経験から、末永く人々に愛される建築設計の条件について佐野吉彦社長にうかがいました。

(インタビュー:遠藤建/コンテンツディレクター)

安井建築設計事務所はどんな会社ですか?

いわゆる組織系建築設計事務所と呼ばれるタイプの設計会社です。デザイン、エンジニアリング、コンサルティングなど、建築設計に関わるさまざまなサービスを総合的に提供します。クライアントは民間企業が多く、建築作品を通じて長期間にわたる関係が続きます。アーキテクトであり、エンジニアであり、人と人の関係をつなぐ媒介者の役割も大きい会社です。

新規プロジェクトの事前準備で大切なことは?

急な連絡で待ったなしの案件もありますが、出会いから受託の決断まで3~4年かかることも少なくありません。設計前の準備で心がけているのは、対等なコミュニケーションによってクライアントの本心を引き出すこと。受注前からフラットな議論をして、本当に重要なニーズを探っていきます。そのためにはクライアントや案件への過剰な思い入れを避け、客観的にふるまうことも大切。どこかで冷めた視点を持ちながら、設計には熱い情熱を注ぐという二面性が必要です。

長期的に成功する建築の特徴は?

建築を継続する意欲と支援体制が不可欠です。たとえばサントリーホールのような建築では、末永く芸術活動を支援しようという発注者の決意に応えることで、建築はいきいきとした存在になります。時代によってニーズが変わってくると、建築にもさまざまな手を入れていかなければなりません。だから奇抜なデザインで短期的なインパクトを狙うのではなく、相手と一緒に建築を育てていく姿勢が大切。不測の変化も前向きにとらえ、対策をあらかじめプログラミングしておきます。

どこかで冷めた視点を持ちながら、設計には熱い情熱を注ぐという二面性が必要。

何年ぐらい先を見通して設計しますか?

建築はメンテさえすれば長生きできますが、発注者の事情はいろいろ変わってくるもの。たとえば以前の市庁舎は権威的なデザインが好まれましたが、今では市民みんなの活動拠点というイメージが重視されます。だいたい30年ぐらい先までは見通して計画しますが、そこから先はさまざまな要素が流動化しがちに。修繕を加えながら使い続けたいという新たな流れが生まれれば、建築は役割を終えずに生き残れます。建物が愛されている証拠は、隅々まで手入れがなされていること。メンテを絶やさないことで、利用者も設計者も「ここを変えて使い続けていこう」という改善点に気づけるのです。

クライアントとの理解を深める秘訣は?

建築設計を通じて有意義な対話が成立していれば、次の仕事にもつながります。竣工時に「頼んでよかった。これからもよろしく」と満足してもらえたら、ひとまずプロジェクトは成功です。設計中はアイデアを納得してもらおうと必死に説明することもありますが、事後的に振り返って気づく価値もあります。スポーツもゲーム中は全力で思考しながらプレーしていますが、試合が終わってから気づく意味も大きいはず。そんな生々しさを伴う表現行為が建築設計だと思っています。

建物が愛されている証拠は、隅々まで手入れがなされていること。

日本と海外の違いや共通点は?

丹下健三さんらが活躍したモダニズムの時代とは異なり、現代は隈研吾さんに代表されるデリケートな感性が世界に受け入れられています。またプロジェクト関係者全員を満足させるには、きめ細やかな日本流のプロジェクト管理も役に立ちます。でもクライアントはそれぞれ千差万別なので、プレゼンのスタイルも国内外で大きく変えたりはしません。そして世界中どこへ行っても、建築家同士は深く理解しあえるもの。すべての建築家はクライントに振り回され続け、同時にクライアントなしでは生きていけません。この愛憎相半ばする関係は世界共通です。

達成感の大きかったプロジェクトは?

会社や建築の歴史が長くなるほど、しんどい問題も乗り越えていかなければなりません。大阪国際空港(伊丹空港)、那覇空港、東京国立博物館、サントリーホールなどは、会社同士の関係が世代を越えて続いている施設。会社としても設計者としても、このような仕事をずっと維持してきたことに深い感慨を覚えます。個人的には、30年前に手掛けた仕事のなかに自分の成長につながった重要な建築もいくつかありました。でも事務所経営としては、駅伝のようにタスキを繋いでいく仕事こそ大きな意義があるのです。

駅伝のようにタスキを繋いでいく仕事こそ大きな意義がある。

次世代の建築に感じる変化は?

若い世代の建築家は、ワークショップなどで市民の考えを引き出す機会を大切にしています。自分の組織だけでなく、幅広いパートナーとの協働にも積極的です。かつての建築業界には、他者とつながりすぎると自分の考えが貫けないという考え方もありました。でも今は、むしろ人と人とのつながりやネットワークで建築をつくるというアプローチが主流になりつつあります。新しいAIなどのテクノロジーも柔軟に活用するという意味では、ストイックに閉じこもるよりもオープンな協働が重視されるようになるでしょう。建築設計者はデザイナーやマネージャーでありながら、優れたコーディネーターやメディエーターとしての役割をますます期待されます。

忙しい日々をクリエイティブに過ごす秘訣は?

生きている以上、食事や睡眠は欠かせないこと。良い音楽を聴いたり、良い本を読んだり、長距離を走ったりすることも、同じような人間の営みとして生活に組み込むようにしています。日々を過ごしながら、ふと気づいたことを文章に書き留めるルーティンも著書に結実しました。時間は無駄にしていませんが、特に貪欲に頑張っている感じでもありません。移動中のスキマ時間で本を読んだり、美味しかった料理店には再訪したり、自分のルーティンをクリエイティブに変えていくのは十分に可能なことです。

若い世代の建築家は、ワークショップなどで市民の考えを引き出す機会を大切に。

Eat Take-Away

  1. 対等な立場で語り合う。長い年月をかけて評価が定まっていく建築設計には、準備段階から徹底した検討作業が不可欠。そのためにはクライアントの言葉におもねることなく、客観的な視点から重要なニーズを引き出す対話が必要になります。冷めた視点で全体と細部を俯瞰し、完成後にやってくる未知の変化にも備えましょう。

  2. 変化は必然と心得る。将来を見通すといっても、ぜいぜい30年くらいが限界。それ以降の新しいニーズに対応すべく、フレキシブルな設計を心がけます。利用者に愛されているものは、古くても隅々まで手入れが行き届いています。メンテナンスを絶やさなければ、利用者も設計者も改善点に気づきやすくなるでしょう。

  3. オープンに協働する。ストイックな芸術性より、集合知が導く最適なソリューションが支持される時代。さまざまな視点やAIなどのテクノロジーも柔軟に取り入れ、オープンな協働を強みにした意思決定プロセスが主流になりつつあります。表現者としての建築設計者には、コミュニケーションをまとめるコーディネーターとしての役割もますます求められます。