自然に優しいファブリックの台頭
新たなイノベーションが次々に登場しているファッション業界。今回は、次のトレンドとして注目を集める自然に優しいファブリックの普及に向けて、コミュニケーションとブランディングを活用する方法を紹介します。
過去5年間で明らかになったこと、それはファッション業界が環境に及ぼしている悪影響。国連環境計画(UNEP)の調査結果から、その緊迫感が伝わってきます。
- ファッション業界は、全炭素排出量の約10%を占め、これは航空旅行と海上輸送を合わせた数値より多い
- 1着のジーンズを製造するには、3781リットルの水が必要となる
- 毎秒、ゴミ収集車1台分の衣類が処分されている
これら環境問題への答えが、衣類の製造を停止することと断言するのは早急でしょう。衣類は文化やスポーツの発展の礎であり、自己表現の手段。ファッションの価値とそれが環境に及ぼす影響の両方を念頭に、衣類業界は様々な取り組みを進めています。
昨今、多くのファッションブランドやファブリックメーカーが、環境に優しいファブリックの研究を行っています。これらの取り組みは、主に3つの分野に分かれています。1つ目に、製造における資源の消費量の削減と環境を害する物質の使用停止。 2つ目に、衣類のリユース、そして3つ目に、衣類の循環利用です。
より重要なのは、これらのイノベーションをいかに普及するか。環境に優しいファブリックの認知度を向上し、エシカルな消費を広めながらムダを減らすことが、ほんとうの進歩といえるでしょう。
これを踏まえると、環境に優しいファブリックの普及は化学やテクノロジーの分野を超えて、行動喚起、言いかえればコミュニケーションやブランディングの分野に及んでいます。ファッションブランドやファブリックメーカーは、これらのイノベーションが人びとのくらしをどのように変えるのか伝えることが求められます。
ブランディングを通じて環境に優しいファブリックや新たなイノベーションを広く普及するには、どのような手法がかんがえられるでしょうか。重要なのは、次の3つの要素です。1つ目に、テクノロジーを分かりやすく、印象的に伝えるコミュニケーション。2つ目に、時流に沿った文化的な視点、そして3つ目に、環境保護について語るだけにとどまらず、ブランドのソーシャルスタンスを確立すること。これらの要素を欠くと、グリーンウォッシング、上辺だけのコミュニケーションや印象操作を行っているように見え、人びとに愛されるブランドから遠ざかることになります。
ネーミングに配慮する
環境に優しいファブリックや”グリーンライン”を広める上でとくに重要なのが、ブランド名です。ブランド名は、製品のベースとなっているテクノロジー、それがユーザーのくらしやに環境どのような影響を与えるのか示唆していることが望ましいといえます。ブランド名は、これらすべてを短く、簡潔に伝えることが求められます。
例えば、Adidasの「Primeblue」と呼ばれる製品ラインはその名の通り、リサイクルした海洋(Blue / ブルー)プラスチックを用いた高品質(Prime / プライム)のパフォーマンスウェア。一方「Primegreen」は、より一般的なリサイクルマテリアル(Green / グリーン)を用いて製造しています。ブランドの理念を伝えるのは、1つの単語だけで充分。つかわれなくなったシューズを循環利用し、スポーツグラウンドの建設などに用いるNikeの取り組み「Nike Grind」は、リユースの際の製造プロセス(Grind / 砕く)とアスリートのパフォーマンス(Grind / 腕を磨く)をかけ合わせたことば遊びにインスピレーションを受けています。
時流や文化の変化に応じる
時の流れによって人びとの習慣は変わり、行動は変化します。環境問題に目を向けるよう説得するより、ほかの文化的変化に応じてブランドのスタンスを伝えるほうが容易といえるでしょう。例えば昨今、原点回帰の視点から、ロウデニムへの注目が高まっています。着用を続けることでやわらかくなる点や経年変化による”アタリ”や”ヒゲ”が特徴ですが、通常のデニムと比べ製造に要する水の量が少ないことを踏まえ、環境への配慮をブランドストーリーの一部として伝える手法がかんがえられます。
一例として、NudieJeansは顧客が着なくなったジーンズ回収し、修理し、販売する「Re-use」プロジェクトに取り組んでいます。それぞれのジーンズが刻んできたユニークなストーリーを伝え、それを新たに受け継いでいくことが、このプロジェクトのコンセプト。テクノロジーと文化を融合することで、環境への配慮と高度な製造技術を両立しています。このほか、ユニクロの「Blue Cycle Jeans」やリーバイスの「Waterless Jeans」は、ジーンズを製造する際の水の使用量を削減するため、最先端のテクノロジーを活用しています。
環境への取り組みを各国の伝統文化と結びつける例も。環境先進国スウェーデンで創業したアウトドアブランド、Fjällrävenは、余ったファブリックやマテリアルを用いてバッグやジャケットを製造するプロジェクト「Samlaren」を行っています。
テクノロジーブランドから学ぶ
複雑なテクノロジーについて、いかに分かりやすく伝えるか、多くの企業が趣向を凝らしています。Appleは製品のパフォーマンスがどれほど向上しているか、ハードウェアやソフトウェアに関する数値を用いず、感覚的に伝えています。
こうしたテクノロジーブランドの手法を、ファブリックブランドが取り入れるなら。例えば、ネーミングとブランドメッセージ、数字を組み合わせることで、ブランドの理念を分かりやすく伝えることが可能です。North Faceは、アルプス山脈から回収した18,000キログラムのペットボトルをリユースした「Bottle Source」と呼ばれるTシャツコレクションを展開しており、そのコンセプトは非常に明確。ほかの手法としては、インフォグラフィックの活用が挙げられます。日本発のブランド、U-Dayの製品「RE:PET」は、ペットボトルをモチーフにした遊び心溢れるインフォグラフィックや写真を用いて、1本の傘に3本の廃ペットボトルがつかわれていることを表現しており、それぞれの傘の色には「オーシャンブルー」「エバーグリーン」「ブルームイエロー」など、自然界から着想を得た名前がつけられています。
重要なのは、テクノロジーに人の温かみを感じられるようにすること。製造段階で排出される余ったウールをリユースしてつくられる「Keshichi」は、愛知県尾張に受け継がれる羊毛業の伝統、職人や織機について取り上げています。テクノロジーの進化と人びとの環境への取り組みの融合。着る人にとって、それは製品を超えたストーリーなのです。
これらを踏まえると、環境への配慮に関するメッセージだけでは不充分といえるでしょう。求められるのは、環境に優しいファブリックの製造や魅力的なブランドの開発にとどまらない、社会的な取り組み。Patagoniaはブランドのビジョンと製品、コミュニケーションすべてが一貫している企業の一例です。「Buy Less, Demand More」と題したキャンペーンでは人びとにセカンドハンドのギアを買うよう促し、フェアトレードやリユースマテリアルが普及するかは消費者次第という視点から、気候危機の解決に取り組んでいます。最近では、製品寿命が短いことから、企業ロゴ入り製品の販売を終了したことで話題になりました。一方、Nikeはリユースマテリアルをつかったアパレルライン「Move to Zero」をリリース。二酸化炭素の排出削減に向けたブランドの取り組みを象徴しています。
気候危機が現実に迫るなか、衣類業界には変化が求められています。新たなイノベーションが次々に登場する一方、ほんとうに重要なのは、これらをいかに普及するか。その上で、ブランドの理念を明確に伝え新たな文脈を創出するブランディングとコミュニケーションは、ひとつの手段になり得るのです。
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