キャンディに夢と感動を

河辺輝宏 森永アメリカ社長兼CEO

2025. 01. 09

遠藤建 / コンテンツディレクター

「Eat Takeaway」は、世界で活躍するブランドリーダーやマーケティングリーダーに直近の抱負と課題を教えてもらうシリーズ。インタビューから得られた学びを「Takeaway」として読者のみなさまにお持ち帰りいただきます。

今回登場するのは、森永製菓の米国事業を率いる河辺輝宏氏。日本を代表するソフトキャンディ「ハイチュウ」の海外進出に関わり、ほぼ無名だったブランドを米国での爆発的なヒットに導きました。国内外の豊富なセールス経験を踏まえ、消費者文化の違いやローカライズの秘訣について教えていただきます。

おなじみ「ハイチュウ」の海外進出に関わった動機は?

森永製菓には1991年に入社し、16年ほど日本国内の営業部門に在籍をしておりました。森永製菓が販売する海外ブランドの担当になったのがきっかけで、自分も海外に対して森永製菓の商品を販売してみたいと思うようになりました。当時は30代後半で、海外経験も数年前の新婚旅行のみ。それでも一念発起して英会話学校に入学し、海外部門への異動を願い出ました。まだ森永製菓としても、海外への輸出が売上の5%に満たない時代です。勝算もありませんでしたが、個人的な情熱で日本を飛び出しました。

「ハイチュウ」が米国に進出した経緯は?

2000年前半から英文ロゴ(HI-CHEW)のハイチュウが東アジア・東南アジアにも輸出されるようになりました。米国は2005年頃から台湾森永で製造されたハイチュウが出荷されるようになりました。アメリカ大陸のセブンイレブン店舗で販売が開始されはじめた2008年に、米国本土での展開を目指して森永アメリカが創設されました。私は東南アジアでの勤務を経て、2012年から2016年まで森永アメリカのCOO兼シニアバイスプレジデントを務めています。この4年間は、米国での販路開拓に明け暮れました。

米国での市場開拓で取り組んだことは?

森永アメリカに着任した時は、従業員9名という小さなチーム。主に日系のグロッサリーストアやコンビニエンスストアなどで、レジ前の販売台に商品を補充する草の根活動の毎日でした。しかし日系やアジア系の小売店だけでは販路も広がっていきません。そもそも「ハイチュウ」は洋菓子であり、米国にはすでに莫大なキャンディ市場があるのです。何とか大手小売業にアクセスしようと、商品のサンプルを持ってキャンディブローカーと呼ばれる仲買人たちを訪ね歩きました。

初めて「ハイチュウ」を食べた人々の反応は?

現地のブローカー数十社に連絡を取り、小売業との商談にも同席させてもらいましたが門前払いの連続。「こんなに美味いキャンディは食べたことがない」と褒めてくれるものの、無名ブランドの取り扱いは慎重です。「まあ確かに美味しいけど、ウォルマートが取り扱うくらい有名になったらまた来てね」といった調子で何度も断られました。

それでも少しずつ取り扱いが増えると、噂が噂を呼ぶようになります。日本人メジャーリーガーが、チームメイトに「ハイチュウ」を振る舞って話題になったのもこの頃。ダグアウトに製品やノベルティなどを直接届けていたら、Tシャツを着てヒーローインタビューを受けてくれる選手も現れました。おかげさまで2015年からはノースカロライナ州での国内製造も開始し、現在は全米のキャンディ売り場の約80%にハイチュウが置かれています。今年は第2工場の建設も始まりました。

日本と米国のラインナップに違いは?

現在米国で展開している「ハイチュウ」は30品目以上で、フレーバーの数は50種類以上です。ノースカロライナ州の工場が約半分で、残りは台湾製造、日本製造、中国製造のものを輸入しています。日本ではコンビニエンスストアが頻繁に商品を入れ替えるので商品サイクルが短めになりますが、米国市場では1つの新商品をじっくり育てていけるという環境の違いもあります。

日本のお客さまが評価してくださるのは、本物のフルーツのような味わい。長く続く噛みごたえと食感や、口いっぱいに広がるフルーツの美味しさがキーポイントです。沖縄のシークヮーサー、北海道の夕張メロン、山形の佐藤錦(さくらんぼ)など、品種の特徴まで細やかに再現できるのが研究開発チームの強み。でもこの日本的なこだわりが、米国でそのまま受け入れられる訳ではありません。

キャンディに対する日米の文化的なギャップは?

米国でも「ハイチュウ」のフルーティな美味しさは高く評価されていますが、キャンディにとって重要な要素はそれ以外に「fun」(楽しさ)と「excitement」(ワクワク感)。キャンディをもらうと、大人でも子供のような喜びを表現してくれます。日本のキャンディは口さみしさを癒やすための要素もありますが、米国ではそれに加えて「treat」(ごほうび)でなければいけません。そのため米国の商品開発では、ブルーラズベリー味のような偶像化したフルーツフレーバーや意外なミックスなどの独創的なアイデアが受け入れられたりします。森永アメリカが2022年に発売した「ファンタジーミックス」には、「ブルーラズベリー」という自然界には存在しない架空のフルーツ味も取り入れました。日本にも限定品として逆輸入されるような形となり、異例の大ヒットになっています。

日本的なこだわりが、米国でそのまま受け入れられる訳ではありません。自然界には存在しない架空のフルーツ味も取り入れました。

米国での事業が大きく成長した要因は?

海外に進出した日本企業が、日本流のオペレーションやマーケティングで限界にぶつかるケースは多く見受けられます。でも新しい市場開拓で活路を見出すには、知見のある地元パートナーや社内のローカルスタッフとの協働が欠かせません。異なる文化背景の仲間たちと手を組み、お互いにリスペクトし合って、仕事を通じて従業員個々の人生のゴール設定や価値観も共有して、目標が達成できれば何よりです。メジャーリーグの世界でハイチュウが注目されたのも、人と人とのつながりを大切にしていたからこそ、更なる拡散に繋がったものと思います。メジャーリーグという日本人選手にとって完全アウェーの地だからこそ、日本人メジャーリーガーたちは米国で無名な日本企業の頑張りに共感してくれたのでしょう。

森永製菓が海外市場を広げていく意義は?

さまざまな国で海外事業に関わるほど、歴史の重みと大切さを感じます。創業者の森永太一郎は、家業の伊万里焼を米国で売ろうとサンフランシスコに渡りました。しかしその夢が敗れて失望し、たまたま公園のベンチで隣りあったご婦人からキャラメルをもらいました。口に入れて「こんな美味しいものがあるのか」と驚き、洋菓子の職人になって日本の人たちに美味しい洋菓子を食べてもらおうと決意したのです。帰国後の1899年に森永製菓を創業し、キャラメルとマシュマロの製造を開始。何十年もかけてキャラメルをハイチュウに進化させ、さらに何十年もかけて米国のみなさんにも受け入れてもらうようになりました。

知見のある地元パートナーや社内のローカルスタッフとの協働が欠かせません。

今後の目標は?

これから米国では、政策や関税などの外部環境に大きな変化があるでしょう。でも消費者がキャンディに求める価値は基本的に外部環境から影響を受けるものではないので、お客さまにご満足いただける商品やサービスを追求してまいります。森永製菓グループは、2030年にウェルネスカンパニーへ生まれ変わるという宣言をしております。生活者の健康志向の高まりに応え、健康や機能を意識した製品の研究開発も進めてきました。その成果の一部は、砂糖を30%減らした「better for you」シリーズなどの製品にも現れています。

米国で一緒に働いているメンバー全員から、「この仕事に携わってよかった」「ハイチュウに関わる環境にいて楽しい」と思ってもらえるようにするのも私の目標。ブランド認知の低い海外市場でマーケティング戦略を練ったり、実行したりするのは本当に楽しい仕事です。お客さまにも、仲間にも、「ハイチュウ」を通して本当のワクワクを感じていただきたいと願っています。

Eat Take-Away

  1. 人と人のつながりがパワーの源泉。新しい市場で、簡単に成功できるような王道はありません。地元に根づいて文化を理解し、正しい人脈を築いていくことが結局は近道となります。他者をリスペクトしながら情熱を絶やさなければ、考え方の異なる人々とも共通の目標が見つかります。

  2. 品質だけでなく楽しさもプラス。フルーツ風味の再現性などの細かな品質が評価されるアジアに対し、米国など西洋の文化では「fun」(楽しさ)と「excitement」(ワクワク)も重視されます。自然界には存在しない偶像的なフレーバーを生み出したり、常識をはみ出したアイデアで消費者を驚かす発想が鍵になります。

  3. お客様第一。政治や経済の状況が大きく変化する時期にあっても、消費者が生活必需品に求めるものはさほど変わりません。新しいビジネス環境にはしっかりと対応しながら、あくまで顧客第一の方針は堅持し、本質的な価値を追求していくことで成長が持続できます。

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