サステナビリティとラグジュアリーの両立

2025. 02. 25

アリスン・ジャンベール / Eat Creative共同創業者

ホスピタリティ業界(特にラグジュアリークラス)は、長年にわたって瀟洒な価値観と深く結びついてきました。ふわふわのタオルも、豪勢なビュッフェも、その無駄にこそ豊かさが宿っているようなイメージです。しかし今や世界は変わりつつあり、旅行者たちにも新しいニーズが生まれてきました。サステナビリティはもうニッチな領域を脱し、ラグジュアリークラスのホテルにおいても中核的な価値観として認められるようになっています。 

世界の消費者は、ますます環境にやさしい企業の行動を評価しています。サステナブルなオプションのために、割増料金を支払うことを厭わない人々も増えてきました。ユーロモニターが2023年に実施した旅行者調査 によると、高級志向の消費者の38%がサステナブルな旅行体験に30〜50%の追加料金を支払ってもよいと考えています。 

日本のラグジュアリーホテルには、旧来より自然環境を大切にする文化と細やかなおもてなしの精神が根付いていました。サステナブルな世界のトレンドに適応しながら、各ホテルが現地の特徴を活かした趣向を凝らしているところです。 

このようなパラダイムシフトを前にして、ホスピタリティ業界ではいくつかの重要なテーマが浮かび上がってきます。第一のテーマは、ラグジュアリーの定義自体が進化している現状を認識すること。かつて副次的な要素だったサステナビリティは、いまや各ブランドの柱となりつつあります。第二のテーマは、環境への配慮が単なる道徳を越えて、競争上の優位になってきたことです。 

日本の高級ホテルにはマインドフルネスと環境への調和を重視する伝統があり、革新的な方法で責任ある資源調達やエネルギー効率などを推進しています。このような取り組みは事業者に大きなチャンスをもたらしますが、さまざまな課題も乗り越えなければなりません。日本のホテル業界によるサステナブルな事業転換の実例を挙げ、ラグジュアリークラスのホスピタリティ産業が今後どのように変わっていくべきなのかを考察してみましょう。

贅沢の概念が進化 

ホスピタリティ業界におけるラグジュアリーな価値観は、過去100年以上にわたって資源の浪費と不可分でした。すなわち過剰な装飾、豪勢なアメニティ、大量の資源消費を伴った贅沢こそがラグジュアリーとみなされていたのです。高級ホテルやリゾート施設は、贅沢なビュッフェ、特大のスイートルーム、豪華なシャンデリアなどで競争してきました。 

しかしここ20年ほどで環境保護への意識が高まるにつれ、そんな贅沢と引き換えに地球環境を犠牲にする必要はないという価値観も広まりました。現代の旅行者は、快適さと同時にみずからの責任も重視するようになり、そのような意識の変化がラグジュアリーの再定義へとつながっています。 

環境保護、地域社会との関わり、サステナブルな取り組みといった諸要素は、ハイエンドなホテル体験の指標にもなってきました。ベッドリネンの品質だけでなく、二酸化炭素排出量の削減によって高級ブランドの価値が測られるようになったのです。再生木材を使った家具やソーラーパネルを備えたペントハウスが、今ではゲストの良心に訴える贅沢とみなされています。 

世界の大手ホテルブランドも、このトレンドを注視しています。ハイアットが取り組む「ワールド・オブ・ケア」は、サステナブルな自然環境と地域コミュニティへの参加に焦点を当てたプログラム。マリオットのオットの「サーブ360」も、環境スチュワードシップを中核にした取り組みです。ヒルトンの「トラベル・ウィズ・パーパス」は、責任ある旅行とコミュニティ支援を重視しています。インターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)の「ジャーニー・トゥ・トゥモロー」は、グローバルな事業展開を通じてサステナブルな自然環境と社会の保全を目指しています。各社の関心範囲や焦点はさまざまですが、いずれもホスピタリティ業界全体の明確な変化を示す取り組みといえるでしょう。    

サステナブルな取り組みで競争優位に

サステナビリティは罪悪感を払拭するための義務ではなく、賢明なビジネス戦略としても捉えられるようになりました。ブランドの評判を高め、環境意識の高い消費者を惹きつけ、資源消費を抑えることでコスト削減も促進できます。ユーロモニターの調査によると、旅行者の約80%がサステナブルな旅行の予約対して10%以上の支出をしてもいいと回答しています。 

サステナブルな取り組みを進めるラグジュアリーホテルは、革新的なマーケティング戦略を通じてこのトレンドを活用しています。  

  • シックスセンシズ リゾート&スパは、「アース・ラボ」のコンセプトでサステナブルな啓発を推進しています。このプログラムでは廃棄物の削減、オーガニックガーデニング、再生可能エネルギーの使用に関するゲスト参加型のワークショップを開催してきました。多くの施設で、水とエネルギーの消費量を大幅に削減しています。たとえばシックスセンシズ・ジギーベイは、プラスチック削減率60%以上を達成。環境にやさしいリラクゼーションを打ち出しています。 
  •  ニューヨークのワンホテル セントラルパークは、サステナビリティをブランドアイデンティティの中核に据えました。インテリアに再生素材を活用し、農場直送の食事を提供しています。 

このようなホテル施設は、自然を満喫できるユニークな体験によって環境保護への意識が高い旅行者を惹きつけています。サステナブルな体験にプレミアム価格を設定するマーケティング戦略も採用し、その価値観に共感する顧客層から高く評価されています。 

サステナブルな取り組みはスタッフの定着率を高め、ホテルがより有能な従業員を雇用しやすくなります。英国で2024年に実施された調査 によると、雇用主が環境に良い影響を与えているほど仕事を長く続ける可能性が高いと回答した人は圧倒的な多数でした(ホスピタリティ担当の従業員の76%、管理職の88%)。 

サステナブルな旅行体験の需要が高まっている現象は、旅行関連業者の動向からもうかがえます。Booking.comは新しいサステナビリティラベルを導入し、サードパーティの環境認証を受けた宿泊施設を目立たせました。環境意識の高い旅行者が、サステナブルな宿泊施設を選びやすくなっています。サステナビリティへの取り組みが、賛意だけでなく競争力も得られる仕組みだといえるでしょう。同社が2023年に発表したサステナビリティ関連の報告書によると、サービス利用者の59%が今後の予約にサステナビリティのフィルターを利用したいと答えています。 

またヴィルトゥオーソリサーチが2024年に発表したサステナブルな旅行に関する報告書によると、ラグジュアリー旅行を斡旋する88%の業者がサステナブルな旅行の流行をビジネスチャンスと考えており、旅行者の66%が旅先の環境保護への取り組みに共感して支出を増やす用意があると答えています。  

日本における旅行業界の対応

世界の旅行業界が「デスティネーション・スチュワードシップ」(観光地管理)を重視する流れにあわせ、日本の観光地もサステナブルな取り組みを強化しています。そのリーダー的存在が、1997年に京都議定書を採択した京都です。日本旅行を専門とするツーリズム・ガーデンのアリソン・ロバーツ=ブラウン氏によると、京都は日本でも特に観光業への依存度が高い場所のひとつ。サステナブルな取り組みを日本で最初に一元化し、SDGsを重視した都市でもあります。文化遺産の建造物(1920年代の旧京都中央電話局上分局や旧立誠小学校の校舎)を再利用したり、地域の文化や習慣を尊重する「京都観光モラル」を観光客に呼びかけたり、幅広いタッチポイントやシステムで取り組みを進めています。 

日本には古来より「もったいない」「おもてなし」といった価値観が根付いており、サステナビリティの問題を独自の視点から理解しています。日本のラグジュアリーホテルが、サステナブルな原則を経営に取り入れる例も増えています。地元産の食材や資材を調達し、革新的な技術で廃棄物を削減し、伝統的な職人技を重視する取り組みが各地で進められています。 

  • ラグジュアリーな旅館体験で知られる星野リゾートは、地域文化やサステナブルな取り組みに独自のアプローチを採用しています。星のや軽井沢では、自ら使うエネルギーを敷地内で生産する「EIMY(Energy in My Yard)」の考え方に基づき、近隣の川の水力から電気を得るなどの方法で再生不能エネルギーへの依存を削減してきました。同施設では地熱を利用してエネルギー消費量の70%を賄っています。  
  • ワンホテルズは、自然と調和したデザインやアップサイクル素材を取り入れることでサステナブルなラグジュアリーブランドとしての価値観を打ち出しています。開業間近のワンホテルトウキョウでは、再生素材や生きた自然素材をインテリアに盛り込み、最先端のシステムで水をリサイクルする予定です。ワンホテルズのサステナビリティ報告書では、使用するエネルギーの削減量が数値で示されています。このような自然環境の保護は、やがて経済的な利益にもつながります。ハイアットでは、二酸化炭素排出量を削減するためにエネルギー効率の高いホテル運営を実践しています。電力消費量に見合った100%再生可能エネルギー証書を購入する取り組みも、そのような活動の一環です。パークハイアット東京は、環境に配慮した水産物を提供するホテルとして日本で初めてMSC認証とASC CoC認証を取得しました。 
  • シックスセンシズ京都は、ゲスト向けの使い捨てプラスチックを完全に排除することで廃棄物削減の基準を大幅に前進させました。詰め替え可能なガラス瓶、堆肥化可能なアメニティ、環境に優しいパッケージングなどを採用しています。厨房からの廃棄物を伝統的な庭園に再利用し、レストランやスパトリートメントで使用する新鮮なハーブや農産物を自前で栽培するクローズドループの理念も取り入れました。シームレスでラグジュアリーな体験は、サステナビリティが単なる機能を越えた哲学であることを証明しています。 

ホテル経営におけるチャンス

ホテル経営者にとって、現代はサステナブルな取り組みを始めるチャンスにあふれています。エネルギー効率の高い空調システムやスマートな建築技術を採用したり、節水システムや再生可能エネルギーに投資したりすることで、技術の進歩を革新的なソリューションに結びつけられます。このような投資は環境への負荷を軽減するだけでなく、長期的なコスト削減にもつながります。 

もうひとつの重要なチャンスは、エコツーリズムの人気です。農園での食事体験、ガイド付きの自然散策、地域文化を体験するプログラムなど、地元の文化と自然保護を実践を促進するユニークな宿泊体験も企画できます。地元の農家や職人と提携し、ゲストがサステナブルな体験型ワークショップに参加できるリゾート施設もあります。 

このような取り組みをゲストに伝え、ホテルのサステナブルな姿勢をアピールし、共感する旅行者を惹きつけるのに重要な役割を果たすのがデジタルプラットフォームです。ウェブサイト、SNS、モバイルアプリなどで、エネルギー消費量、水の消費量、二酸化炭素排出量削減などの最新情報をリアルタイムで提供するサステナビリティ専用のセクションが設けられています。ザ・ペニンシュラホテルズのように、年間の進捗状況を強調したサステナビリティレポートを提供することで透明性を確保しているブランドもあります。 

サステナブルな取り組みの課題

ホスピタリティ業界のラグジュアリーブランドがサステナブルな事業モデルに移行する過程では、それなりの課題も乗り越えていかなければなりません。サステナビリティは市場での魅力的な差別化要因ですが、多額の先行投資も必要になります。再生可能エネルギー、サステナブルな建設資材、廃棄物削減プログラムなどにかかるコストは、ホテル経営の飛躍を阻む要因にもなりかねません。オペレーションの変更には、スタッフの再教育や既存業務の改革も必要になります。それでもエネルギーの節約やブランドロイヤリティの向上などの長期的なメリットが、先行投資のコストを最終的に相殺してくれます。 

過剰な贅沢を期待する消費者からは、いささかの抵抗があるかもしれません。輸入されたペットボトル入りの水が、再利用可能なボトル入りの水よりもラグジュアリーであると考える伝統的な高級志向は一部に残っています。ホテル側は、啓発や戦略的なメッセージを通じてこのようなギャップを埋める必要があります。サステナブルな取り組みが、ラグジュアリーな体験を損ねるのではなく、むしろ高めているのだと示さなければなりません。ザ・ペニンシュラ東京では、持続可能な取り組みをホテル体験にさりげなく取り入れることで、宿泊客が環境への負荷をかけずに一流のサービスを実感できるようにしています。 

ラグジュアリーとサステナビリティは、考え抜かれたバランスで両立させなければなりません。快適で優雅な時間を犠牲にするのではなく、サステナブルな手段によってラグジュアリーな体験を高める新しい方法が必要です。オーガニックコットンを素材にしたリネンや、地域の素材を使った環境に優しいスパトリートメントなどによって、快適さを犠牲にすることなくサステナビリティを実現することは可能です。使い捨てのアメニティをやめて、リサイクル素材の詰め替え容器に置き換えることだけでも、環境にやさしく美的にも優れた体験が用意できます。地元で有機栽培された食材の料理を提供すれば、贅沢でサステナブルなダイニング体験も提供できるでしょう。 

次に起こすべき変化

サステナビリティはラグジュアリー体験のオプションではなく、スタンダードとして認識されつつあります。環境保護への責任によってゲストの体験を低下させるのではなく、むしろ向上させるというパラダイムシフトがホスピタリティ業界全体で起こっています。 

日本のホスピタリティには独自の文化的アプローチがあり、このような世界の変化をリードする立場にあります。サステナビリティは単なるトレンドではなく、ラグジュアリーの未来を定義するコアな価値として認識されなければなりません。そのような戦略を取り入れることでブランド価値は永続し、見識の高い旅行者を魅了しながら世界中のホスピタリティ業界にも貢献できるようになるのです。 

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