発酵臭、爆走する!
Eat 12号: 発酵
この記事は2002年11月に公開されたものです。
快・不快はあくまで個人の嗜好によるとはいえ、におうものはやっぱりにおう。旨みを超えた強烈な発酵臭には嫌いな人を卒倒させるパワーだってあるのだ。においの強烈さについては臭気測定器でお墨つきの発酵食品の数々から、栄えあるくさいものナンバー1に輝いたものは……?!
*Au = Alabaster unit 資料提供:小泉武夫
#10
ナンプラー
390Au
イワシなど、小魚を使って作られるタイの魚醤はエスニック料理に欠かせない隠し味。魚を生のまま塩漬けにして作るので、そのまま嗅げば当然魚臭いが、料理に入れれば旨みに変身。ベトナムのニョクマム、秋田のしょっつるなどもこれに通じる。
#9
臭豆腐
420Au
灰色の液体に浸かっている怪しげな固形物はまるでう○このよう。蓋を開けた瞬間、その名を改めて認識すると同時に後悔の念が……。ランキングが低いからといって侮るべからず。日本人には納豆や鮒鮓よりずっとずっと恐ろしい食べ物であることは間違いない。
#8
たくあんの古漬け
430Au
お弁当を開けたときの思わず周囲を見たくなるあのにおい。誰? おならしたのは? といいたくなるにおいの源は温泉卵など硫黄系(ちなみにスカンクもこの仲間に入る)。別名、田舎の香水などともいわれるように、さほど抵抗感がないと思うのは日本人だからか。
#7
くさや(焼く前)
430Au
くさやは伊豆諸島に400年前から伝わる干物の一種。一度食べたら忘れられない味と珍重する向きも多いが、昨今の都市生活環境を鑑みれば、アパートの一室で焼くのはやはりご法度。それにしても魚の発酵食品にはトイレを連想させるものが多いのは一体なぜ?
#6
納豆
452Au
嫌いな人には腐っているとしか思えないが、好きな人には涎垂ものなのが納豆のにおい。においの源は煮た大豆が発酵するときに生じるアンモニア臭。かき混ぜればかき混ぜるほど、においもヌメヌメ感も増していくことは納豆好きにとっては常識。
#5
鮒鮓
486Au
何だ、この饐えたにおいは……。初めて食べる人の多くは腐っていると誤解するのもなるほどとうなずけるのがご存知、近江の鮒鮓。琵琶湖で採れるニゴロブナと米、塩を原料にしたこの発酵食品、地元では自分で漬けるのが普通で、地域限定品といった感もあり。
#4
キビャック
1370Au
アザラシの腹に海燕の一種アバリアスを大量に詰め込み、地中に埋めて3年ほど発酵させるキビャック。取り出すときはベトベトの塩辛状態……と聞くだけで何だか恐ろしい気もするが、イヌイットにとっては貴重なビタミン補給材なのだそうだ。
#3
エポワスチーズ
1870Au
くさいチーズの誉れ高き缶入りエピキュアチーズを入手できなかったため、代わりに挑戦したのがこのエポワスチーズ。封を切るとたしかににおいは来た。そして空気に触れること数十分。なにやら猥雑なにおいが一層増していくような……
#2
ホンオ・フエ
6230Au
ホンオ・フエはエイを発酵させて作った刺身。その強烈なアンモニア臭は鼻だけでなく目を直撃。涙は止まらず、食べるたびにむせるという催涙効果のある恐ろしい食べ物だ。東京のコリアン・タウンを探し回ってみたものの、残念ながら入手できなかった。
#1
シュールストレミング
8070Au
はたしてその噂は本当なのだろうか。世界一臭いとの誉れ高きシュールストレミング。その真偽を自分たちの鼻で確かめようとしたeatチームがスウェーデン大使館調理室で目にしたものは……。
シュールストレミング、かくのごとく食するべし
北欧の人々は、短い夏をアウトドア三昧で過ごす。空気は乾燥し、晴れ渡った北欧の美しい夏空のもと、湖や山へとハイキングにでかける。そんな彼らが空腹時に手軽に食べるのがシュールストレミングだ。トゥンブレッドというホームメイドの薄くてソフトなパンにバターを塗り、その上にシュールストレミング、みじん切りしたタマネギ、そして北欧特産のマンデルポテトを載せたものを巻いて食べる。湿度の低い夏の北欧、そして戸外でなら、においもそれほど強烈ではないのかもしれない。
シュールストレミング開缶顛末記
地獄の缶詰なる異名を持つシュールストレミングは、スウェーデンを中心に北欧で食べられるニシンの缶詰。缶のなかでも発酵がつづくことから、時間が経てば経つほど臭気が増すというおそるべき食べ物である。だが、発酵を特集する以上、これを避けては通れない。そう考えたeatチームは、シュールストレミングの本家本元であるスウェーデンの在日大使館に調理してもらおうと計画。大使館の全面的な理解と協力を得た我々は、総勢10名プラス猫1匹という大所帯で、スキンヘッドと笑顔がチャーミングな料理長フレデリックの仕事場を訪れたのであった。
「シュールストレミング? うんこみたいなものだよ」
料理を心から愛し、料理こそ自分の人生だと話すフレデリックが吐くそぶりを見せながらそう応える。そう、彼はシュールストレミングが大嫌いなのだ。そんなものを室内で開けても大丈夫なのか。服ににおいがつくんじゃないか。帰り、電車に乗れるだろうか。
「まずは缶に少しだけ穴を開けて、ガスを抜く。そうしないとスプラッシュするから」。
キッチンの流し台で、静かに缶に刃を入れるフレデリックの背中に不安げな視線が注がれる。まだ来ない、まだ来ない、あ、来た……と気づくや、その場にいた全員の表情がゆがむ。下水道が破裂したのかと思うような、公共の場にふさわしくないにおいが辺りを支配する。ガス抜きのために開けた小さな穴から白い煙が出ているあいだ、遠巻きに缶を眺めるギャラリー。立つ位置、風上か風下かによってにおい方が違うものの“うんこみたい”というのが現場にいた10人の一致した意見だ。
じゃあ魚に目がないはずの猫はどう反応するか? 我々の期待を一身に集めた猫のタロサちゃん、どうやらプレッシャーが大きかったらしい。においを嗅ぎはするものの口はつけず、感情を判断し難い鳴き声をあげるばかり。
「地獄谷みたい」。気泡が上がっている様子を見て、O嬢が見事な表現をする。不思議なことに直に缶をかいだ方が臭みは低く、離れているほうがうんこのような悪臭が強くなる。「バンコクのマーケットとか、夏場の渋谷センター街のにおいに近いんじゃない?」。高温多湿、人口過密なアジアの都市に大量に出されるゴミや下水道の腐敗臭ということなのだろうか。
「(シュールストレミング)開けたのね?」キッチンのドアを5cmほど開けておいたせいか、さっそく隣人がやってくる。立派な作りの大使館内でも、廊下を伝って隣家までにおいが漏れる。おそるべし、シュールストレミングのパワー。
こうしてひとしきりにおいをかいだ後、調理のために改めて缶を手にしたフレデリックから予想し得ない言葉が。
「身が溶けている……」。発酵が進みすぎたせいか、骨以外、身が溶けて液状になっているのだ。たしかに魚の形らしきものは見えない。
今まで開けたなかでいちばん臭かったという彼の言葉は、あながち嘘ではないのだろう。でも、ここまでがんばったのだから、一口くらい食べてみたかった……。そんな一抹の寂しさを覚えつつ、においが外部に漏れぬよう何重にも包装した地獄の缶詰を抱え、我々はスウェーデン大使館を後にしたのであった。
文/亜出狩さくら 撮影/森山あゆみ、阿部稔哉